The Essentials

古泉洋子の
「愛のある服しか欲しくない」

さまざまな雑誌で活躍するファッションエディターの古泉洋子さんが、ワードローブに必要な「おしゃれの名品」を
女性の生き方とともに綴るコラム。
今回は永遠の定番、トレンチコートについて取り上げます。

Photo:HAL KUZUYA

Vol.1 決別のトレンチ

 「インスタ映え、インスタ映えって、もうウンザリなんだよね」。
最近気に入っているセントル ザ・ベーカリーの食パンにたっぷりとバターを塗りながら、大して興味のない情報番組を横目に、裕子は誰に言うでもなくつぶやいていた。可愛い写真をポストするためにわざわざ出かけるのも、そういう写真にするために作為的に演出を盛るのも、正直、本末転倒だと思う。

 28歳のとき、銀行員から一念発起して、ファッション系ウェブサイトの制作会社に転職した。仕事がおもしろくなるのと同時に、当時の彼の気持ちがやたら重たく感じて、なんとなく疎遠になり、気がつけば、もう5年近くが経つ。年齢のせいなのか、時代の流れなのかよくわからないけれど、ファッションに関わる仕事をしながらも、個人的な興味の中心は着飾ることから、食やライフスタイルを充実させることに変わった。

 「裕子もさ、ずいぶん落ち着いちゃったよね。昔は二人ともアムロちゃんに憧れて、あんなに派手だったのに」と20代からの遊び仲間の由香は残念そうに言う。けれどもう、いち早くトレンドのアイテムを身につけて友達と差をつけたいなんて、あんまり思わない。咲き誇る花もきれいだけど、アンティークのような味わいの花のほうに惹かれる、そういう感じ。何年も変わらず好きでいられるような服だけと、じっくり丁寧につきあっていきたいし、他の人とは違う私だけのニュアンスを出していきたいと思う。

 そう迷いなく思えるようになったのは、あのトレンチのおかげだ。思い出せないくらい、いろいろなデザインを試してみたけれど、王道トレンチを着るとどうも真面目で冴えない印象になってしまうので、ノーカラーや色物などデザインものに逃げていた。ある意味“ベージュのトレンチ難民”状態。どうしてもしっくりくる一着に出合えず、かといってトレンチだけは中途半端なものを買う気にはなれなかった。だからあのトレンチに袖を通したとき、思わず「私のトレンチ!」と声にしてしまった。派手ではないけれど着映えする。ブランドに踊らされるでもなく、サイズも、価格も背伸びしていない。あの“ちょうどいい”トレンチとの出合いで、遅まきながら私の人生が動き出したような気がした。

 老若男女、持っていない人を探すほうが難しいベージュのトレンチ。多くの人に愛される永遠の定番だから上質であることは大前提だけれど、こだわりたいのはサイズ感だと思う。日本人の悪い癖で欧米からのインポートものであれば、何でも手放しで崇めてしまいがちだけど、アジア体型の特徴を踏まえたミリ単位の細かさを託すなら、ジャパンブランドに限る。

 今回紹介するのは、1946年にコート専業ブランドとしてスタートした「SANYO」の100年コート。素材の織りから染色整理、縫製、企画に至るまですべて日本国内で行った商品のみに認められる「J∞QUALITY認証商品」という物づくりの技術的な安心感は抜群。
その上で気になるのはセンスの部分だけれど、美は細部に宿るというように、逆にディテールの丁寧なつくりの積み重ねがあるからこそ、袖を通すだけで様になるデザインに仕上がっている。スタンダードより10cm長い着丈のバランスも、大人の女性によく似合う。

素材は耐久撥水加工を施した、さりげない光沢と張りを持つ良質なコットンギャバジン。ベージュのトーンは、浅すぎず深すぎずで高級感があり飽きがこない。トレンチをかっこよく着こなすために不可欠な襟の立ち上がりも美しい。

裏地と取り外し可能なウールのライナーには、オリジナルの“三陽格子”を使用。歌舞伎の「勧進帳」の翁格子がルーツで、太い線(=親)が細い線(=孫)を守るという縁起のいい柄。代々継承して愛用してほしいという100年コートのコンセプトとも共鳴する。

青森県七戸町にある国内唯一のコート専業ファクトリー、サンヨーソーイングで製造。人の目で見極めながら行う「引き縫い」の技術や使用頻度の高いボタン付けなど、日本が誇る熟練の職人の手作業で仕上げられている。

スタイルよく見えるよう、後ろ身頃のプリーツは高めの腰位置を始点に。裾はあえてステッチを出さないエレガントな仕上がり。またベルトも長めなので体型を選ばずきゅっと縛ったり、ポケットに入れるなどアレンジしやすい。

コート 113,000円(税抜)/SANYO

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  • ※掲載商品は定価表示となっております。
profile

古泉 洋子 Hiroko Koizumi

ファッションエディター。モード誌から女性誌まで幅広いターゲットの雑誌を中心に活躍。『Numero TOKYO』ではファッション・エディトリアル・ディレクターも務める。モードをリアルに落とし込むことを得意とし、著書に『この服でもう一度輝く』、『スタイルのある女は、脱・無難! 87 Fashion Tips』(講談社)。イタリアと育った街、金沢、そしてサッカーをこよなく愛する。
Instagram:@hiroko_giovanna_koizumi

Photos:Asa Sato(Fashion)